神奈川県 N・Jさん 主訴:骨折

あれは私が18歳のある日の夜、第二京浜をドライブ中、目前の大型トレーラーが突然Uターンし、それに突っ込み意識不明の重体になりました。後で聞いたところによるとトレーラーの間に挟まり車は原形を留めない程潰れてぺちゃんこになっていたという事でした。
   顔面骨14か所の骨折 鼻骨骨折 左右肋骨三分の一骨折 両上肢骨骨折 右目はモノが二重に見える状態で、医師の診断は全身打撲 骨折多数 全治4か月診断でした。
入院中に形成外科の医師からは「傷口はキレイになっても事故の衝撃は後で身体に出てきてるよ」と言われたのが意味が分からずに不思議に思っていました。
それが後々、身をもって体験する事になろうとは当時の私には知る由もありませんでした。それから退院後は毎朝、腰痛の為、ゆっくりと身体を丸めながら起き、動くのが精一杯という症状があったり、たまに辛いギックリ腰が出た事がありましたが、30代前半までは若さと持ち前の体力で、他の症状は出ずに乗り切ってきました。30代後半からは、両親からの体質も相俟って尿管結石、痛風、糖尿病のような症状や事故の後遺症が少しずつ出始めました。
そして、40代に入ると症状の出る間隔が短くなり、主に打撲、骨折部位に焼き火鉢を突き付けられたような強烈な灼熱感、腫れや痛みで全く身動きがとれなくなり、原因不明の高熱や寒気、血尿が出て、夜間は一時間置きにトイレに行くような状態、一ヶ月で5キロ~7キロ痩せてしまうような極端な食欲の減退、地面に足が着く事もできないくらいの激痛で職場から自宅に三ヵ月程帰れないなどと地獄のような日々を送っていました。
早々と現代医療に見切りをつけた私は、整体やカイロプラクティックで有名な先生の治療を受けてきました。
確かにその時は痛みの緩和はされるのですが、原因は改善されぬままの状態で苦しい毎日を過ごし途方に暮れていました。
そんな時、茂木先生の噂を聞き治療を受けに行きました。
最初の治療を受けた時の身体の変化は、今でも忘れる事ができない程の衝撃でした。
あれ程遠くへ行っても、どんなに有名な先生の治療を受けても治らず、半分諦めかけていたのですが、その全てが半身症候鍼灸法で変わりました。
今は毎日問題なく過ごして元気に仕事に励む事が出来おります。たまに症状が出ても回復が早く速やかに治り、また以前よりスタミナもあります。
治る事を諦めかけている人が沢山いると思いますが、諦めるのはまだ早いと思います。何故なら「半身症候鍼灸法」があるからです。
世の中には本当に治る治療があるんだ!と私は声を大にして言います。 人は痛み止めや強い刺激など簡単に症状を解消する方を望みます。ですが、それは症状を止めているだけであって治している事にはなりません。
何をやっても効かない、変わらない、治らない。その辛い時期は本当に治る治療に出会うチャンスなのだと私は実感しました。
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