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患者さんの声

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受療の声

当院で受療された患者さんの声です

1 千葉県 夏井 一行さん

 「僕の病気治りませんか?」この質問をぶつけたのは、学校の恩師でした。「有名大学病院」「カイロプラクティック」「睡眠治療」など、多々受診しましたが、体は緊張と発熱で常に辛く、それを抑える為の強い薬で、震えが止まりませんでした。診断、病名は様々でしたが、最後は、「心の病」という安易なものでした。そんな時、当時担任の教師から紹介されたのが周気堂治療室でした。「僕の病気治りますか?」「周気堂で治らない病気はないから」笑って答えてくれました。

 動くのもやっとな学生が今、マシンOP(オペレーター)としている職場〈危険、汚い、きつい〉で勤務しています。OP業務は、トラブルがつきものです。設備トラブル(異常)があった時、問題解決型のOPは、故障信号、配線を追って、原因を追求し、問題解決に向けて行動を起こします。一方、困ったOPは、異常を無視して、むやみにスイッチを押して、壊したり、部品を外して切ったりと、高価な設備をダメにします。病気にも同じ事が言えるのではないでしょうか?病名をつけ、痛いところは切る(麻酔)。体の感覚は無くなり、大切な体は壊れます。

 症状から原因を厳しく追及し、正常な状態にする。「周気堂で治らない病気はないから」こういうことではないでしょうか。

2  神奈川県 菊間 好胤さん

 

 現在、一歳二ヶ月の娘がお世話になっています。生まれつき心室中隔に穴が開いた状態になっていました。松戸市立病院で無駄な投薬や処置をされ、手術を強要されました。転院先の昭和大学横浜市北部病院では、術後の管理がずさんで感染症(MRSA)を起こされました。退院まで、生まれてから三ヵ月かかり、薬や手術のせいで、脊椎も緩んだ状態でした。

 退院してから茂木先生の治療を週一回受け、身体が強くなっていくことを我が事のように感じます。手術した心臓の動きも改善してきており、動きが活発になってきています。病院では分からない微量な感染や薬剤の影響も先生の検査ではきちんと見つかり、治療後には身体が引き締まるのが分かります。これからもお世話になります。

 

 私がお世話になってから、九年が経ちます。頭痛、腰痛、視力低下、イライラ、身体のかゆみ、春先に起きる鼻炎(花粉症)、身体の硬さ、重さなど色々な症状が出ていました。

それまで薬に頼っていたことは回復を遅らせているということを教えて頂き、ウェイトトレーニングで、全身の関節が緩んでいることを指摘されました。「この先生は、本物だ。」「必ず回復に導いてくださる。」確信しました。初めて治療を受けた時の激変ぶりは、今でも忘れていません。視力が0.5から105になり、前屈で手が床につくようにもなり、今では症状が出ても大丈夫と確信できるようになり、自分の身体を信じることが出来ています。先生にお世話になってから、病院へは行っていません。それこそが治ることへの第一歩、自分の身体を信じることが最高の治療となっています。

 

3  神奈川県 N・Jさん

あれは私が18歳のある日の夜、第二京浜をドライブ中、目前の大型トレーラーが突然Uターンし、それに突っ込み意識不明の重体になりました。後で聞いたところによるとトレーラーの間に挟まり車は原形を留めない程潰れてぺちゃんこになっていたという事でした。  

顔面骨14か所の骨折 鼻骨骨折 左右肋骨三分の一骨折 両上肢骨骨折 右目はモノが二重に見える状態で、医師の診断は全身打撲 骨折多数 全治4か月診断でした。

入院中に形成外科の医師からは「傷口はキレイになっても事故の衝撃は後で身体に出てきてるよ」と言われたのが意味が分からずに不思議に思っていました。

それが後々、身をもって体験する事になろうとは当時の私には知る由もありませんでした。それから退院後は毎朝、腰痛の為、ゆっくりと身体を丸めながら起き、動くのが精一杯という症状があったり、たまに辛いギックリ腰が出た事がありましたが、30代前半までは若さと持ち前の体力で、他の症状は出ずに乗り切ってきました。30代後半からは、両親からの体質も相俟って尿管結石、痛風、糖尿病のような症状や事故の後遺症が少しずつ出始めました。

 そして、40代に入ると症状の出る間隔が短くなり、主に打撲、骨折部位に焼き火鉢を突き付けられたような強烈な灼熱感、腫れや痛みで全く身動きがとれなくなり、原因不明の高熱や寒気、血尿が出て、夜間は一時間置きにトイレに行くような状態、一ヶ月で5キロ~7キロ痩せてしまうような極端な食欲の減退、地面に足が着く事もできないくらいの激痛で職場から自宅に三ヵ月程帰れないなどと地獄のような日々を送っていました。

 早々と現代医療に見切りをつけた私は、整体やカイロプラクティックで有名な先生の治療を受けてきました。確かにその時は痛みの緩和はされるのですが、原因は改善されぬままの状態で苦しい毎日を過ごし途方に暮れていました。

 そんな時、茂木先生の噂を聞き治療を受けに行きました。

最初の治療を受けた時の身体の変化は、今でも忘れる事ができない程の衝撃でした。

 あれ程遠くへ行っても、どんなに有名な先生の治療を受けても治らず、半分諦めかけていたのですが、その全てが半身症候鍼灸法で変わりました。

 今は毎日問題なく過ごして元気に仕事に励む事が出来おります。たまに症状が出ても回復が早く速やかに治り、また以前よりスタミナもあります。

 治る事を諦めかけている人が沢山いると思いますが、諦めるのはまだ早いと思います。何故なら「半身症候鍼灸法」があるからです。世の中には本当に治る治療があるんだ!と私は声を大にして言います。

 人は痛み止めや強い刺激など簡単に症状を解消する方を望みます。ですが、それは症状を止めているだけであって治している事にはなりません。

何をやっても効かない、変わらない、治らない。その辛い時期は本当に治る治療に出会うチャンスなのだと私は実感しました。

4  匿名希望

気付けば、初めて受診した年の平成22年から、通い始めて5年が経っていた。こんなに長い事続いて通っていたのかと自分でも感心するくらい、先生には大変お世話になっている。

 元々消化器系統が弱く、中学の頃から過敏性大腸炎を起こし、30歳位から仕事のストレスもあって胃痙攣をよく起こすようになった。検査をしても特に問題はないと医者から言われ、ストレスと胃下垂による消化器系統の弱りが原因だと。またお腹を冷やすと痛みにつながるので温めることも大事であると。以前ホカロンを体中に貼り、温める器具も購入した。それでも胃痛、腹痛が絶えない状態であった。お灸や鍼治療に通った経験もあるが、一時的なものでまた痛みが繰り返し起こり、絶望的な気持ちになっていった。

 本当はもっとどこか悪いのではないか。そんなとき、友人から先生の話を聞いて、治るものなら藁をもすがる思いで飛び込んでしまった。「厳しいことを言われるかもしれないから、覚悟しておいてね。」と前置きを頂いていたからとても緊張してのぞんだのを今でも覚えている。初めての治療後、視界がとてもはっきり明るくなっていき、じくじくと痛んでいた胃の症状が軽くなっていくのを感じた。

 これはいけるかも、と確信し、しばらく通うことにした。通うにつれて、体がしっかり動くようになり、長い間の痛みから解放されたと同時に、痛みからくる精神的な不安が解放されたことは特に大きい。

 体を局部的に温めるホカロンは、逆に血流を悪くしてしまい体に良くないと云われ、即依存していた生活を止めた。布団の下に敷いていたホットカーペットも全て取り外し、湯たんぽのみ。それでも冷えるどころか逆に体が温かくバランスのとれた体に変化してきていると感じた。

 先生に一つ一つ注意を聞きながら取り入れていくうちに、急速ではないが徐々に改善し体が丈夫になってきていると思う。急性の胃腸炎や風邪を引くことがたまにあるが、先生に診ていただくと不思議と痛みや辛い症状が和らいでくるので、こればかりは魔法のようである。主に食べ物に含まれる菌が災いしている事がほとんどだが、先生に頼るばかりでなく、これからは自分の日々の食べる物にも注意をしなければならないと思う。

 肉や魚を食べる時は新鮮なものを選び、火をよく通すこと。又野菜中心や発酵食品をできるだけ摂取する事や添加物の入っていない物をチョイスする。又自分の消化能力が弱いにも関わらず、無理をして3食食べていた事にも気づいた。

 40代となった今、20,30代の頃より体調が良くなっているのを実感する。自分の置かれた環境の中で少しずつ、できることから取りかかり、不調の際は先生に診て頂きながら50,60更なる健康を目指していきたい。どのように変化していくのかこれから楽しみでもある。

5  東京都 S・Rさん

先日は治療いただきありがとうございました。見舞いに行った父が、私の立ち去り際にかたく手をとり、「また、来てや。」と云った日、病室の消毒液を見やり、使用する事をしませんでした。父との心のやりとりを消毒してしまう様な気がしたからです。主人の突発性難聴のために心労が重なり、気持ちとはうらはらに休息できない日がつづいておりました。父の葬儀を終えつかれがたまっている事は分かっておりましたが、手をはじめ全身のむくみが辛い日が続いていたので、先生に会いに、車をとばして参りました。
 予備知識の少なすぎる中での受診で、手際の良いスピーディーな診断、治療で、びっくり。そして父のゆかりの菌による発症というお見たてに、またびっくり。びっくりしたまま診療室を出て、会計を済ませた、という感じでした。
 治療翌日の朝、ここのところ、朝起きるのが辛かったのですが、とてもすっきりと起きられました。ふとした時に、「あっ、足首が楽だ!肩が楽だ!」と全身にわたり少しづつ少しづつ痛みや辛さ異和感が減ってきているのに気がつきました。
 後頭部のほんのちくっという針によって自己治癒力の発動スイッチをONにしていただいた心もちになっております。きっとこのまま、ずっと体調が上向きつづけるのだろうなぁ~と考えているところでございます。
 受付ですすめていただいた『気の治療学』を読みすすめているところですが・・・
『人間のもつ本来の力、自己治癒力、それはきっと神は、人間に神業といえるレベルで我々に備えてくれているはずだ!!』と感じており、道ですれちがうつらそうな初老人をひととき見つめるだけで治療できないものか?!と夢の様なことを考えておりましたが、本を読ませていただきながら、先生に師事すれば、そんな夢の様な事も可能なのではと感じはじめている私がおります。今後の私本人の体の変化が楽しみでございます。
 我の頭脳の出来を棚に上げ、律動法を学びたいと心の奥で、ちいさな火がついたのでした。
 新しい世界を感じさせていただき、本当にありがとうございました。
次回先生にお会い出来る日が楽しみです。

6 兵庫県 鈴木 多恵さん

  周気堂治療室三十五周年おめでとうございます。心からお喜び申し上げます。
 私が当院にお世話になってはや三年目になりました。三年前急に膝に激痛が走り歩くことも困難で仕事も足を引きずりながらの状態でした。近所の接骨院に行っても良くならず病院に行って膝に注射しても治る兆しもないまま半年もの間激痛と戦いながら過ごしていました。病院嫌いの私にとっては、地獄のような日々でした。
 ある日、姉夫婦が当院で治療して帰ってきて生き生きした表情で帰って来ました。
今度は必ず一緒に行こうと誘ってくれました。私は針治療は痛いというイメージがあり、半信半疑でしたが、膝の痛みは増すばかりでワラをもつかむ思いで連れて行ってもらうことにしました。診療の待ち時間、恐怖心でいっぱいでしたが、診療していただく間にだんだん恐怖心も消え、心も安らかになり、それに膝の痛みがウソのように緩和してゆき不思議な気持ちで信じられませんでした。今でもあの時の感動は忘れられません。それからは四カ月に一度先生とスタッフの皆さんにお会いできることが私の生活にかかせなくなっています。これからも先生、スタッフの皆様お身体に気をつけて四十周年、五十周年続けて下さいますよう心からお祈り申し上げます。
 
 

7  福岡県 N・Mさん

 周気堂に茂木先生に御世話になって5年になります。年2回のペースで通院しています。

きっかけは、長年のバレーボール生活で膝の半月板、靱帯を痛めてしまい外科に行って診断してもらった結果、内視鏡手術を奨められました。簡単な内視鏡の手術とはいえ、手術に抵抗があった私は、知人の紹介で周気堂を知り周気堂の門を叩いたという訳です。

 初日、茂木先生の診断は、半月板、靱帯だけでなく、脛、太ももにも、レントゲンでは映らない小さな骨折が多数あるとのこと・・・。それを聞いてびっくりしたのはいうまでもありません。茂木先生が私の膝をもって揺さぶると、グラグラしていた膝が治療後はガチっと噛み合わせが上手くいったかのような感覚になり、2日間で4回治療を受け、自宅に戻った日の夜、期待に胸を膨らませバレーに行きました。すると、何ということでしょう。最初のランニングで軽々、すいすいと走れ、ジャンプもスムーズに跳べ・・・。

久しぶりの体の軽さに驚き、感激しました。他にも、MRSA、婦人科など心配がありますので、毎回診てもらっています。

 今回は右のふくらはぎから、指先までのしびれ、激痛で悲鳴をあげていて、原因が分からなく良くないとは思っていましたがバレーの指導日だけ痛み止めを飲んでいました。どんな格好や姿勢をしていても激痛で、足を引きずり杖をついて歩くことも・・・。仕事にも支障が出て、とにかく気分が悪いせいか無気力状態でした。何よりも、大好きなバレーが出来ないことが一番のショックで塞ぎ込んでしまい、暗い毎日を送っていました。茂木先生に診て頂いたら、歯の治療時に菌に感染したとのこと・・・。治療して頂いて1週間。まだしびれや痛みは多少ありますが薬を飲むことはなく、日常生活も以前のように少しずつ取り戻してきています。1日も早く大好きなバレーやダンスを思いっきりやりたいと思っています。

 これからも御世話になりますので、茂木先生!!いつまでも元気でいてください。いつもありがとうございます。感謝しています。

 難病でお困りの方への情報源として用紙を頂き、難病ではありませんが、先生への感謝の意と、少しでも困られている方への助けになるかなと思い一筆執らせて頂きました。

 思いつくままに書きましたので、乱筆、乱文にて失礼いたします。

8 埼玉県 W・Tさん

 私は看護師をしていますが、患者さんを抱えて移動したり、またベッドにかがんで作業することが多く、4~5年前から腰痛がありました。

 昨年には、患者さんを移乗した後ぎっくり腰のような状態になり、立ち上がる時の痛みと左腰部から大腿にかけての痛みが続くようになりました。病院へ行き、薬や牽引などで一時的には良くなっても、またしばらくすると痛みが出るの繰り返しでした。

 今年の来院前には歩くだけで痛みが出るようになり、再に職場のスタッフ不足により、患者さんの移動の仕事が多くなり今後働いていけるか不安になっていました。

 そんな時に知人から周気堂を紹介してもらい、もしかしたら良くなるかもと期待をもち受診しました。

 1回目の受診の時に首がゆがんでいるとの指摘を受け施術してもらいました。その時は特に変化は感じられなかったのですが、周気堂を出て駅までの歩行にて、今までと違い体幹がぶれない感じと歩きやすさを感じました。また寝るときの首の感じがいつもと違うことに気づきました。それまでは、右側の向きの方が楽だったので右側に傾けることが多かったのですが、その日の夜から両方向けるようになったのです。

 その後1週おきくらいに5回程通いましたが、最初は腰痛と大腿部の痛みは変わらず、3回目くらいから徐々に痛みが無くなっていき、5回目以降はすっかり痛みが無くなりました。

 今では患者さんの移動をして少し痛みが出てもすぐに消失します。歩行時の痛みも全く無くなりました。その他に眼瞼の下がりぎみや手に力が入らないなども治療してもらい改善しています。周気堂の先生のおかげで体調がすっかり良くなり本当に感謝しています。ありがとうございました。

9  千葉県  橘 淳平さん

 7歳の息子と5歳の娘がお世話になっています。息子は先天性の右側小耳症、顔面神経麻痺、遠視、弱視、乱視、皮膚の炎症などで治療を受けています。先生のところには3回しか連れていけてませんが、先日眼科を受診した際、右目は1.0左目は1.5。弱視ではないという診断でした!!(本当はこの受診も必要ないと思いますが嫁さんの安心材料になると思い行ってきました)

それととびひのような状態が全身に広がり、かなり痛々しい症状が何度も出たり、風邪にかかりやすかったですが、治療のおかげで体が強くなり自己回復がしっかりできるようになってきています。確実に原因を検査で明らかにして頂けますので、このような短期間で素晴らしい結果が出るのだと思います。

 下の娘はイライラしやすい、皮膚の炎症、下肢の痛みをみて頂いています。治療後はやはり表情もおだやかになり、機嫌が良くなりますし、最近は記憶力が良くなってきたのではないか?と感じます。

 本人の持つ能力を最大限に引き出してくれる他にはないもの凄い治療だと思います。

 病院では対応できないような症状の方が全国から外国からも先生の治療室に受診される気持ちが本当によくわかります。この治療が広まっていくことを切に願います。

10 神奈川県  宮崎 紫さん

  朝、起床後から目まいと激しいふらつきと頭痛、吐き気で動けなくなり、仕事を休んでしまった。気分が悪く、頭は動かない感じがして、思考力や判断力がにぶっている気がする。めまいは、頚椎が歪んでいるせいで起きているのだろうと思っていた。自分で首を触るとでこぼこしている所があるのは分かった。

 けれど、気持ち悪いのは何から来ているのか全く分からず、どうしようもできなくて、茂木先生の治療を受けてみようと来院致しました。ものの数分もかからずに、全身の状態を透視されて、原因は食中毒ということでした。自分でも、これからはもっと気をつけなくては、と思うのと同時に、瞬時に体の内部の微細な変化を診られ、1本の鍼のみで治療し、瞬く間に全身が正常に調整されてしまう。このような治療こそ、本当の治療と思いました。

 

11  神奈川県 只野  直巳さん

 周気堂治療院との出会いは、忘れられません。20155月、近所の本屋でいつもは立ち入ることさえない医療コーナーに行き何気なく手にした本が神の手11人でした。

横浜在住のわたしが行けそうな場所ってあるのかしら・・・綱島ねえ・・・と読み進めるうちに茂木先生の記事を夢中になって読みました。40代中くらいから更年期障害で寝つきが悪くなり眠れないとドキドキして軽い鬱状態の日もあった私は、ハリの治療に通っていました。年齢的にもこれまでの仕事よりも責任を伴う内容も増えていました。従来薬などは風邪薬しか知らなかったわたしは、睡眠導入剤を飲み続けていることが自分の不安を大きくしていました。要するに心配性なのだと思います。先生の治療はすぐに効果がわかりました。二回の治療を受けた後、口笛を吹きながら寄り道をして帰ったことを思い出します。通院も近いので、私は月に二回通いました。とてもぜいたくではありましたが、なにせ肩こりもすっかり良くなったので。それから仕事の関係で一時期待合室で勉強していたこともあります。とても不思議なのですが、頭に入っていくのです。お陰様でテストも合格点をとれたりして(笑)先生のところは、待合室にいると落ち着いてくるのです。私は人ごみにいるのが苦手で、とても疲れてしまうのですが、ここだけはどんなに混んでいても大丈夫です。先生の治療はあっという間に終わりますが、いつもスッキリ整えて頂きます。今では睡眠導入剤も飲まない日々です。寝つきが悪い日もありますが、あまり気にしない。一日くらい眠らなくてもなんとかなるさ!!そしてなんとかなっています。田舎に住んでいる両親も呼んで治療して頂きました。なかなか都会には出てこない2人ですが、横浜に来ることをとても喜んでいる様子を見ると、また今年も呼びたいなと思います。

私は難病の方々からすると、この手記は何?と思われるかもしれません。けれど最近は会社でもなにかのきっかけで休暇になってしまう人達がとても多いように思います。私も環境の中で「このまま眠れないってことよねえ、長く休んでいる人たちは」と考えた夜が何度もあります。2年前のあの日、あの本に出会わなければ、私は周気堂治療院を知ることはなくずっと、「最近は年齢のせいか、しんどいなあー。どんより~」暗い顔をしている日々だったと思います。本当にありがとうございます。世の中の変化がとても早く、普通の人たちがいつ異変を感じても不思議ではない昨今です。茂木先生と周気堂治療院の皆様方のご活躍に感謝しながらペンを置きます。

12 大阪府  山本  和生さん

 1度、健康診断を受けられませんか?」

知り合いの医者から言われ、受診した時、身体のレントゲンを撮られて「あなたはひどく背骨が湾曲していますね」と言われました。

「ではどうしたら直せますか」と聞くと「柔らかい布団ではなくて固い床で寝るようにしたら良いかもしれない」とも返事でした。

 また、国立〇〇大学卒業、医学博士との看板がかかっている目医者に行ったとき「あなたは眼圧が高いので緑内障になる恐れがある」と言われました。「では、どうしたら直せますか」と聞くと、「直す方法はありません」と言うので、この医者は藪医者だと思って2度と行くことはありませんでした。

 あらゆる病気には原因があり、その原因を正せば、自然と回復するはずだと思っていたからです。

 周気堂治療室に初めて行ったとき、初めて背骨のゆがみを指摘されました。それが少し施術をされただけであっという間にまっすぐになり、そばにいた家内も驚きでした。

 その後、何度か治療を受けるなかで、眼圧の高さも指摘されましたが、少し眼を触られただけで直ってしまいました。

 昨年の夏、突然わき腹の痛みに襲われました。以前、腎臓結石を患った箇所で痛みが段々ひどくなってきました。これはやばいな、近くの総合病院に行こうかと思いましたが、まず周気堂に行ってみようと思い立ち、受診しますと、食中毒との事でした。施術をしていただき放っておきましたら1カ月ほどで直ってしまいました。あの時、もし病院に行っていたら検査漬けで、訳のわからぬ薬を飲まされていたのだと思います。

 1度の施術で症状が劇的に回復するとは限りませんが、自然治癒力を高め、徐々に回復に向かうことに

疑いはありません。

 世の中に原因不明の病気など本当はないはずです。ただ原因が今の医学でわからないだけなのです。周気堂では、すべての症状の原因を的確に判断され、施術をしていただけるので安心です。

 茂木先生が言われました。「患者さんが良くなると、自分もパワーを貰えるんです」と。

理想的な医術の世界がここにあるように思います。

 これからもご指導よろしくお願いします。

13 大阪府  山本  美宝生さん

  私には特記する持病はありません。

市民検診等での血液検査は、いつもパーフェクトで「私は健康だ!」と自負しておりました。ところが、周気堂さんで初めて診て頂いた時、「右の腎臓は昨日していない。脳は左に曲がっている。」等々。この診断には本当に驚きでした。「今までよく生きてこれたな。」と思ったり「今まで信じていた検診(現代医療)はいったい何だったの?」と思ったりしました。同時に「救われた。この先生に任せれば大丈夫だ。」との安堵感が心に広がりました。

施術後、「顔色が良くなったね。」と言われました。その変化は自分ではわかりませんが、一緒に受診した主人や妹の顔色の変化や、身体が改善されていることは一目瞭然にわかりました。

 驚きの初診時から年に何回か受診することにして、四年目になりました。受診する度に身体も心も軽くなっていくのを感じます。

 何回目かの受診の時の話です。「ここ、血管が狭くなっているね。」と茂木先生が、私の右耳の後ろを指されました。これにもビックリしました。何故なら、その箇所は一カ月程前から、時折、何か鋭いモノで刺されるような痛みがありましたが、自分では風邪かな?と思うくらいで、忙しさにいつの間にか忘れていました。とは言うものの、どこかスッキリしない状態でしたが、茂木先生の指が触れた途端に温かくなって、本当にスッキリしたのです。この時のことは印象深い受診体験の一つとなっております。

受診の度に驚きの体験が一つ一つ増え、感謝でいっぱいです。本当にありがとうございます。

「茂木先生とともに正しい医学を知って、自身のからだを神の様に尊敬し、信頼し、互いに喜び合いましょう。」

いただいたパンフレットの一文で、私の好きな言葉です。この言葉を日々の生活に活かす様に努力してまいります。

 茂木先生、周気堂のスタッフの皆様、本当にありがとうございます。

これからもご指導よろしくお願いいたします。

14 埼玉県 清水  忠志さん

私は、平成6年にC型肝炎を発症いたしまして、肝硬変に若干ではあるが移行しつつ進行していると診断を下されました。

当時の治療法は、インタフェロン薬か、骨髄移植しかない時代でした。

インタフェロン投薬治療を受けるにしても、とてつもなく高額な金額で、経済的にも余裕に貧しくて、容易ではありませんでした。

C型肝炎が完治する!という補償はできかねると厳明を下されました。

もう一方の骨髄移植を受けるにしても、何年も待たなければ、(骨髄の提供者の方が現れても私にキッチリと合うのかどうかの問題も生じます)というのが現状でした。

 1人娘が小学校にあがった8月のことで、暑さ的にも、精神的にも、肉体的にも生きていく力も弱まり、目の前の光が薄暗く感じるほどに困り果てているときに、今は亡き私の祖母に相談をいたしましたところ、茂木先生の治療を受けて完治に近い程に回復をしたので、横浜の茂木先生のところに行き治療を受けるように勧められまして、昭和63年か。平成1年頃に幼い娘を連れ、妻両親達、家族で先生の治療を施して頂きに伺いましたことを思い出しまして、藁にもすがると言う、言葉がございますが、まさにその通りの心境で茂木先生のもとに通院を重ねさせて頂いているうちに、茂木先生の絶大なる神技的な御尽力によって、8ヵ月後ぐらいに検査を受けましたところ、なんとC型肝炎が完治しておりました!担当医の方が、C型肝炎は消えております!完治いたしております!と言われ、驚異の口調で、全く信じられない!私共の誤診ではありません。血液検査、そして他のデータ等を見直してもこのC型肝炎が完治するにはインタフェロンか、骨髄移植を受けなければ決して治る病ではないのに、全く不思議な現象です!このデータから検証致しますところ、私共の手誤、誤診では決してありません!驚異だけです!全く信じられない現実です!と、どこで、どのような治療を受けたのか聞かれましたので、茂木先生の治療法を答えましたところ、そのようなことは信じられない!ありえない!絶句され、そのような治療では、決して、全体に完治できない!と言われました。この私の1件からは、この総合病院には家族誰1人として行きません。

先生の、精神精意の神技的な御尽力で今は風邪もひかずに明るく、日々健やかに勤めに行き、(私は現在63歳にまもなく達しますが、2時間残業などもこなせる程に、元気です!)毎日毎日、あたたかい家族に見守られまして、とても幸せな日を過ごさせて頂いております。

この生活は、茂木先生の絶大なお力によるもので、毎日感謝の気持ちでいっぱいです。

どんな病の患者様も、茂木先生を信じ、治療を受けられてください。必ず完治しますから。

15 神奈川県  昆野  早苗さん

  私が初めて周気堂治療室を訪れたのは、平成17年の11月と診察券に書いてありました。もう12年以上前の話です。

 なぜ周気堂に伺ったのか。その当時、私の両膝あたりはパンパンに腫れていました。どれだけ歩いても大丈夫、痛くもない、ただただパンパンに腫れてひざ周辺が太くなっているだけでした。でもこれは普通ではないと思いましたが、どうしたら良いのか、途方に暮れておりました。なぜって、それまでに他の事で何回も整形外科には行っていましたが、レントゲンを撮って異常が無ければ、痛み止めか湿布薬くれて終わりだったからです。今回もまた、そういうことの繰り返しかと思うと病院に行く気にもならず、だからといって他に診ていただく当てもなく困っていました。そんな時に知人から周気堂治療室の話を聞きました。

俗に言う「わらにもすがる」思いでした。知人は「とっても混んでいるので、ゆっくり1日待合室で待つつもりで行きなさい」と言ってくださいました。

 伺ってみて、本当に混んでいました。ピーンとした空気、不安と期待が半分づつ、やっと回ってきた順番。恐そうで、やさしそうな先生。初めての体験、体中を調べてくださって、ひざが腫れている原因は、私の場合は「どこにでもいる口腔内連鎖球菌があちこちの関節に悪さをしている。」という全く予想外のことでした。それもビックリでしたが、針を刺して再び台に座ってみると、

パチパチに腫れていたひざあたりは、もう腫れてはいなくて普通になっていました。先生にとりましては当たり前の事でも、私にとりましてはビックリでした。

 それからはなるべく週に1回通いました。通っている間に、それ迄は起床時には体が硬くてガチガチだったのが解れていき、とっても浅かった眠りでしたが、ドーンと深い眠りに落ちていき、朝まで何も知らずに眠れる様にもなりました。他にも色々あります。

 今でも頭がボーっとして、自分では立ち直れないことがありますが、随分と自分の身体と向き合える様になってきました。

 それでも自分で立ち直れない時には先生の所に伺っています。

 声帯の調整もしていただいています。これからも、自分の身体を信じ、感謝し、自分の身体と向き合いつつ、先生のお力をお借りして、元気を保ってゆきたいです。

16 静岡県 M・Tさん

  私が、この周気堂治療室に通い始めたのは親戚の伯母の友達が通っていて、すごくいいという事で通い始めました。私は、小学生の時には左耳が難聴だということは自覚していてその事で親戚の伯母が心配してくれてこの周気堂治療室に通うまでに色々な病気や地元の針治療に通っていました。それでも、左耳が聴こえることはなく、ここの周気堂治療室で初めて少し左耳が聴こえるようになりました。ここ何年か、こちらの周気堂治療室に通っていませんでしたが久しぶりにこちらの周気堂治療室に来てみたら、先生には今の私の身体のことを一切言っていないのに、私の中では一発で今の私の体の中を見抜いてビックリしました。こちらの周気堂治療室に通わなくなったら自分の身体に不調が出てきてしまって何年かぶりに通わせてもらいました。今の私の身体の不調はたぶん仕事でなってしまって、まず、右目に飛蚊症の症状と仕事中にした左足の捻挫を先生の治療で一発であててしまったのにはおどろきました。あと、会社の健康診断で糖尿病の疑いをかけられてしまったのもまたこの周気堂にお世話になろうとしたきっかけです。何年かぶりに周気堂治療室に来て仕事のストレスかなにかで発症した右目の飛蚊症が一カ月前にくらべると見え方がだいぶ違って見えて、やはりここの周気堂治療室の先生は他の針治療や病院の先生とは違うのだなあと何年かぶりに来て実感しました。仕事の関係でまた来れなくなるかは分かりませんが、これる時には行くようにするのでよろしくお願いします。

17 匿名希望

 周気堂治療室と出会ってからかれこれ6年たつと思います。食道癌で手術をして2年程たったころだと思います。手術後の経過は順調でしたが、胃の半分以上が無くなってしまったため、少しでも食べ過ぎると胃が張ってしまい、一度この症状が起こると、なかなか直りませんでした。それも、茂木先生の治療を受けてからみるみる良くなりました。今でも無理をすると胃が張ることもありますが、以前とは比べ物にならない程早く直るようになりました。

 私の場合、食道の下部と胃の上部を切除したため、弁である所の噴門がありません。弁が無いため、食後2時間は横になることが出来ません。8年がたつのでこの生活にも慣れてはいますが、辛いのは風邪などで具合いが悪くなった時です。食後すぐに横になりたくても横になれません。この時ばかりは辛いですね。今は定期的に治療を受けて、胃腸の他腎臓・痔など色々治療を受けています。

 もう2年早く茂木先生と出会えていれば、手術せずに済んだと思うと、とても残念でなりません。これからも今の身体を大切に生活していきたいと思っています。

18 東京都 浦野 浩一さん

 私は坐骨神経痛、脊柱間狭窄症で歩行が困難になり、寝るときも痺れて苦しい状況でした。そんな状況が半年続いた2007年、友人に紹介されて周気堂に伺い、茂木先生の施術、治療で回復して、自然治癒力が高まり救われました。これまで日本最高の大学病院のスポーツ整形外科やペインクリニック、また鍼やカイロプラクティックなど様々な医療機関にかかりましたが、ダメでした。本当に感謝しています。茂木先生の言葉、「自分の身体を信じなさい、今の自分が治るところまで治ります。考え方、心と身体を素直にしなさい。治療者は100%の自信をもって患者に向き合いなさい」、これらの言葉によって生き方、人間としての有り様を教えられました。

「痛みには意味がある」それを考えて、心身を整える努力をするようになりました。私は教育者ですが、教育に役立つのではないかと講習会を受講させて頂きました。その中でも様々な実技や講義を通して得た結論は、「信じるものは救われる」でした。人は十人十色の個性を持っています。しかし、素直な心で自分を信じて、茂木先生を信じて受療することが、一番大切なことだと信じています。

 これは生活、教育、人生、すべてに共通することだと気づかされました。重ねて、ありがとうございました。

19 埼玉県 藤原 育代さん

 十年位前から、人間ドッグにかかるようになり、かかり始めの頃は、若さのおかげで何も異常がかなったのですが、年々少しずつ気になる結果があらわれ始めました。

 最初は、尿潜血プラス1、翌々年プラス2翌々年腎石灰化、そしてついに腎臓結石という病名がついてしまいました。しかし、痛みなどの自覚症状がない為、人間ドックで検査をしなければ、今だに気づかれずに過ごしていたと思います。

 しかし私には、かなり前から尋常ではない疲れやすさがありました。それが本当に辛かったのです。なんでこんなに疲れるのだろうかと不安になる程です。そんな倦怠感に悩む日々、ある朝、起きた時に、右半身が鈍くしびれた感じがあって、脳の左側の血管が詰まったのか、切れそうなのか、それとも、ただ右側を下に寝ていて、体重がかかってしびれただけなのかと、それならそれで今日だけだろうと思いましたが、その日から毎日毎日ずっと一か月間しびれが続き、さすがに何かしないとこのままでは大変なことになるとわらをもすがる思いで周気堂へ行き治療を受けることにしました。ただ埼玉の自宅から横浜の周気堂まで、電車やバスを乗り継ぎ約三時間、結構遠いのです。父の影響で西洋医学よりも東洋医学に傾倒していた私は、近くの病院へ行くよりも、遠方でも効果がありそうな方へ行きたいと思ったのです。

 通ううちに右半身のしびれが消え、あんなに疲れやすかった体がうそのように改善されました。私の仕事が立ち仕事なので、一日仕事をすると確かに疲れますが、一晩寝ると、疲れが抜けていて、以前とは比べようがない位、体力がつき、体調が良いのです。

 腎臓結石は、茂木先生に、「結石が砂のように細かくなって流れ落ち、治るよ。」とおっしゃって頂いたので、それを信じて通っています。人間ドッグは毎年年一回、十二月上旬に受けていますので、今年の検査結果が今から楽しみです。

 79歳のC型肝炎の母にも紹介し、母もすごく気に入って、遠方にもかかわらず、毎月行きたいと言って通っています。

 胆石や脂肪肝、高血圧などのさまざまな病気持ちの父も、仕事の都合で行けない時もありますが、行ける時は、車で高速を使い、夫、母、私の三人と犬一匹で周気堂へ向かいます。

 愛犬のトイプードルは、若年性白内障で遺伝性のものと動物病院で言われました。見えづらいせいで、犬なのに散歩をするのを大変嫌がっていましたが、今では散歩に行きたがる程げんきになり、びっくりしています。

 今では月一回、通うのが楽しみで、茂木先生には大変感謝しております。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

20 埼玉県 T・Sさん

 十年前に、C型肝炎のインターフェロン治療を一年間続けましたが、ウィルスを排除できませんでした。お医者様からは2回目を勧められましたが、身体がボロボロになると思い断りました。しかし体も疲れやすく、頭の中は肝炎のことでいっぱいでした。そして効果のあると言われているサプリメントにも頼りましたが、どれも効果はありませんでした。

 友人達と食事をしたときに、不思議な治療をするという茂木先生の話を聞きました。

他の友達は聞き流していましたが、私は胸の高鳴りを感じてすぐ周気堂に行きました。

 治療を終えて直ちに頭の中が鮮明になり生きた心身を感じました。先生の治療は、全身を調節してくれますので、体全体が心地よく帰りの道のりは足どりも軽く喜ばしい気持ちで帰ります。それから十年が経ちました。これまでの人生を取り返した今が一番体調も良く幸せを感じています(現在七十歳代)。

また先生の治療は、体のみならず、心の持ち方、自分の生命を信じること、感謝すること等々を教えて下さいます。これからも命がある限り先生の治療を受けたいと思っております。

 素晴らしい治療を開発された先生の努力と難病に貢献されています先生を尊敬し感謝しております。

 

 

21 神奈川県 N・Hさん

私は2005年末からジストニアを患い、2年半前インターネットで茂木先生を知ることができました。今では自分でもどう検索したのか分からない、本当に偶然の巡り合わせです。

 「ジストニア友の会」HPではジストニアとは「脳や神経系統の何らかの障害により、持続的または不随意的に筋肉が収縮したり固くなったりする難治性の疾患」と説明されており、私の場合は首が勝手に上下に動く・四肢や上体がねじれる。まぶたがきつく閉じようとする・あごが左右や前にずれる・唇や舌がくねくね動く・声がでない・箸が持ちにくいなどの症状を経験しています。

このうちまず現れたのが結局ジストニアである眼瞼痙攣、特に左瞼の痙攣でした。以降全身に症状が進行する中で解決策を探しつづけましたがその甲斐あって、周気堂に来てようやくパズルのピースがはまり出しています。診察していただいた結果、原因は発症の数ヶ月前に受けた左顎関節症手術時にMRSAという耐性菌に全身が感染したことだと分かりました。自分でも顎関節症の手術は見過ごしてきた点ですが、振り返ると術後から視界の違和感などの異変を次々感じ始めた覚えがあるので身心共に納得しています。

 

発症から計10件以上の病院を巡ってきた経験とはあまりに違う診察に、初診時は戸惑いもあったのが正直な感想です。しかし私から口に出さない不調まで先生は機械も使わず見つけて下さるので驚きで興奮し、さらに「これまでいっぱい辛い思いをしてきたからこれからは楽しいことが待っているよ。」とまっすぐ伝えて頂けて胸が熱くなって安心感が一気に広がりました。治療も負担がないのに全身が活性化する感覚があり、最近では「体がガッシリしてきたね。」と先生から言ってもらえるまでになっています。待合室でも他の患者さんに「ずいぶん良くなりましたね。前はすごく辛そうだったのに良かったですね。」と声をかけて頂けることもあり、嬉しく励みになります。

 

これだけでも感謝しきりですが、さらに精神的に救われたのが「私の問題の根底には幼少期にプールサイドで転倒。後頭部強打したことによる頭部の微細骨折がある」と触診されたことでした。

私はジストニアになるずっと前の幼少期から身体にだるさ・痛さを感じていました。突然意識を失うこともあり脳のレントゲン検査も受けましたが異常はなくストレスで片付けられてしまう上に、当然ながら他人と体感の比較ができないので「皆も同じ位だるいのだから我慢しなければ」と自分を年々追い込み無理を重ねてしまいました。それが一転、幼少からの不調が気のせいでも自分が弱いからでもなく、ちゃんと原因があったと知ることができてから気持ちにゆとりが生まれて心の内を表に出せるようになり、ジストニアの回復も加速度が増しているようです。

 

元々はジストニアを治療する為に通院を始めましたが、今では体全体を向上させようという気持ちに変化しています。体は1つなのだから考えてみたら当然のことですが、基本的なことを見失っていました。これからの回復がますます楽しみです。

 

 

22 神奈川県 T・Jさん

 

 このところとても疲れていて、寝ても疲れがとれないという状態が続いていました。

肝臓のあたりがずっと重苦しい感じもしていました。そんなとき、知人から茂木先生のことをうかがい、受診しました。

透視の結果、右側の肋骨が折れているとのことでした。レントゲンやMRIにも映らない小さな骨折でも、体の不調は起こるとのことでした。

また、右肩、右側の腰部のやや上が重苦しく右側の頭痛もあったのですが、「最近は医者に行きませんでしたか?そこで感染して右半分に影響が出ています」とのこと。

頭に1本鍼を刺していただき、軽快しました。

自分でも忘れていたのですが、たしかに二ヵ月前、歯科にかかっていました。

23 東京都 Y・Hさん

 

 これだけで、到底書ききれているとは思っていないのでまだ私に書けることがあれば追記します。

私の治療効果等についての表現、加筆、その他についてはお任せします。

 治療効果はたくさんありすぎて、ここには書ききれない程です。

「脳性麻痺による左上下肢機能障害」の私にとって、子どもの時から一度もできたことがないことができるようになっていく多くのことにただ驚くばかりです。

 麻痺がある為、自分なりの動きで生活していたのですが、先生に治療していただくようになってから、私だけの動きは全部忘れてしまいました。

左手でコップを持つときは神経を集中させて「持つ」と自分に言い聞かせ、さらに持ちやすさを考えてから行動に移していました。

 いまでは、テーブルをかたづけようと思っただけで左方向にあるコップに、左手がひとりでに(私にはそんな感じ)伸びて持とうとするので、自分でびっくりします。周気堂にお世話になるまでは、他の治療院に何ヶ所か通っていました。

 最初はいいように思えても、そのうち効果も頭打ちに思え、自分には麻痺もあるし、普通の人とは違うのだからその時だけでも楽になればいいと思うしかないとあきらめていました。

 ですが、私の周気堂の初診は12月末でした。先生方が素足なのに驚き、シャワーだけを勧められてまた驚き・・・。

初めての治療後の感想は、「山頂で仁王立ちになり、腰に手をあてて高笑いするくらい気持ちいい。」とでもいえるでしょうか。

極度の冷え性で、普通の人とは違うとあきらめかけていた私が、すぐに年中素足で、シャワーだけになったのも笑えますね。

 

家の浄化

 古い家なので、あちこち不具合が多く、何度もリフォームをくり返してきました。

私の具合もひどく悪く、寝ていると「家に取り殺されそう」と思いたくなるくらい嫌な感じがありました。(霊感とかでは決してなく)

浄化後は、治療に出かける直前までしていた家の臭いやテレビの電磁波、空気のゆがみなどすっかり消え、気分もすっきりしました。何より、取り殺されそう、と言っていた家に治療されている感じまでするようになりました。

 小さいお子さんが親ごさんと遊びにいらっしゃると「帰らない」と言ってもらえます。

 リフォーム業者さんから派遣されたおそうじ業者の方が、「最初の頃と違う。庭に入ってくる時から清々している。何かした?」と聞かれました。

24 東京都 下川 冬美さん

友人の紹介で治療院を知りました。

子供の頃から虚弱だったため病院にはよく通いました。病院、治療院は楽にしてくれるところ、治してくれるところで、行けば安心する場だったのが、考え方が変わり始めたのが50代に入る直前でした。今は自分の治癒力を少し信じられるようになってきました。

そんなタイミングでこの治療院に出会えたので本当に幸運です。初診の日、30代半ばに頚椎ヘルニアと診断され疲れが出る度にサイン(左手のしびれ)を出していた首の歪みがなくなり伸びたのを感じました。いつも左後頭部が張っていたのが頭(首?)の形が変わったのか、張ることがなくなりました。運動したり整体他いろんな治療法を試しても変わらなかったのに不思議です。以来この歪みはもどっていません。

 私には既往歴がたくさんありますが、診療時に細かく説明しなくても先生には診えていらっしゃるようで、いつも気になっている箇所を口にされます。結核後肺の機能が落ちている感じがしていましたが、来院する度に呼吸が安定してきています。

 私の年(58)になると元気だった体が弱りやる気も機能も失う話ばかりなのですが、必ずしもそうではないよ、自分で回復することは可能だよ、と希望が出てきました。

自分の身体を信頼する機会をいつもいただき有難うございます。

25 神奈川県 中尾 恵さん

『流涙』過剰な涙で常に潤んでいるため涙が流れつづける時もあり、目尻はただれるし、目頭は赤く炎症を起こし続け、毎朝右目の目ヤニを取るのが目標でした。

検索するとチューブを入れたり、骨を削る手術しかなく、対症療法のみです。

 茂木先生の「気の治療学」を何度も読み、頭蓋骨の調整法に流涙の文字。通院開始。

 初診時の翌朝目が変りました。濁りが取れて、生き返ってきた!と感じました。 

 2回目、目尻が上がった!

流涙も便秘も全て『脳』が原因でした。その脳が変ってきている。嬉しい驚きです。

 月2回又は1回の通院でしたが、効果は受診後数日経ってから「あれっ」と感じることも多々。毎朝の目ヤニの変化等で判ります。

 診察して戴くと悪い所だらけでした。一番驚いたことは、35年以上前に卵巣嚢腫で切除している右卵巣が感染していると言われた事。無いからこそ感染するのだと!

手術したから安心では無くて、却って色々な危険をはらんでいたのです。

 右脳が悪く、軽い梗塞があり、左目、左目等身体の左側が全部良くなかったときも。

 B型肝炎と診断されたときもありました。全体の4割位の人は感染しているから心配は要らない。白血球が肝炎を退治している。その白血球を多く含む血液で検査してもダメ。脳・脊髄・筋肉等に入っているものは現在の検査では調べられないから、正しく把握できていない。症状がなくなれば良くなったということ。ウーン。成程。

でも、始めの頃は先生の説明に理解する力が足りず、時に怒られたように感じ溜息。最近は先生のペースについていけています。

毎回症状を言うと即座に答えが返って来ます。思っていたより時間はかかりましたが、目頭の炎症もあと少し、目ヤニも殆ど気にならなくなってきています。(1年4か月)

そして多くの末病を治して戴いてます。

 2ヶ月前、孫の子守りで、筋肉痛にしては痛いと思っていたら、肋骨3本にヒビが入っていました。鎖骨にも微細骨折が、言われると腕が上がらないことに気づき、治療して戴くと本当に腕がスイスイ動かせました。X線なしで解ってしまいます。

ただ骨ですから完治には時間と私の自然治療を高める必要ありです。

 今一番嬉しいことは、2年程前から急に老けたと思っていた顔が若返ったこと!

普段一切何も付けないのですが、肌の状態も良く、恐らく内臓全般も変わったと思います。高級美容品は必要ありません。身体の内側から良くなっている感じ。もちろん脳も!

新鍼灸法に出会えたことに感謝します。そして紹介して下さったKさんにも感謝です。

26 神奈川県 M・Kさん

 私が周気堂に通うきっかけとなったのは、半年前にサロンを立ち上げ、忙しい毎日を送って一か月過ぎた頃、朝起きると手と足の関節が痛みむくんで歩くのが辛かったことでした。

近所の整形外科で診療をうけ、血液検査をしてもらいました。結果はえん症の数値が高い為、総合病院で精密検査を受けた方が良いとの事でした。自己免疫疾患の可能性があると言われ、膠原病で姉を亡くしている私は、とても不安になりました。でも総合病院に行く気になれませんでした。そうこうしているうちに、知り合いの方から周気堂の話を聞き、行ってみたいと思いすぐ受診しました。茂木先生の診断は、100%リウマチとか自己免疫疾患ではない、ときっぱりおっしゃってくださりました。100%違うという治療家の先生はめずらしいと思いました。

そして言い切ってくださった茂木先生を信じて通院しようと決めました。

一度の診療で歯から入った菌と食中毒によって関節に炎症に炎症があると言われました。そして治して頂き、首の動きもよくなりました。ただ関節痛とむくみは、依然として続いていました。二度目の診察の時、不安な気持ちで先生の前に座ると、「大丈夫、身体はどんどんよくなっいてるよ」と言われ、また、茂木先生は私の不安な気持ちを読みとってらっしゃるのだなぁと嬉しく思いました。

 人も動物も物も自然も、すべて情報を持っていて茂木先生は、その表情を整えてくださっているのではないかと、私の中でとても治療の方法が腑に落ちました。

 関節痛やむくみも徐々に良くなって、身体が軽くなってきています。薬に頼らず、治療できて本当によかったと思います。先生に出会えて、自分の治癒力を信じる事ができました。ありがとうございます。

27 神奈川県 O・Yさん

 

昨年1月に盲腸炎から腹膜炎を起こし、CT検査の際に腫瘍のようなものが見つかりました。種々の検査の末、悪性リンパ腫と判明。幸い数値が比較的良かったので、今年6月の通院迄経過観察でおりました。

その間に毎月整体を習いに行っている鍼灸師の友人から、周気堂さんの話を伺っていました。鍼灸師が家族を連れて行っている所は、治療が確かなものと確信し、更に施術の様子をインターネットで拝見して、「すごい」と思ったのが最初の印象です。

身体上取り立てて気になる事はなかったので、受診が先延ばしになりました。

6月に3月の検査結果が悪くなっていいた事が分かったのと同時に、お臍の辺りにゴルフボール大の固い物、腫瘍の様な物が飛び出し、手を当てると違和感が感じられた。

これはただ事ではないと思い、周気堂さんを受診することにしました。

受けて驚いたことは、原因を適格に言い当てられた事、腹膜炎が未だ完治していない、3年前に罹った肺炎菌が未だ残っている、手術の前にネズミチフス菌に感染している、この3点です。そして施術を終えて驚いたことは、それ迄硬かったしこりが無くなっていたことです。お腹全体が柔らかくなっていました。

困っていたしこりに胃が圧迫されて、食欲がなくなっていたことも同時に解決して、とても助かりました。

友人から聞いてはいたのですが、3か月後に「毎週来なくてもいいですよ」と先生から言われたときも、それだけ身体の状態が良くなっているのだと、とても嬉しく思いました。そして何より励みになるのは、「腫瘍マーカーは癌と出ていないからね」と最後に念を押すように言って下さる事、その一言で不安が打ち消されます。

検査をする必要はあると思っている為、未だ西洋医学の病院には通っていますが、おいおい通院は止めようかと思います。

病気の一部、臓器の一部しか見ず、専門家した大病院では現症を抑えるだけで、その大体の原因は分かりません。

キネツオロジーを学んだ者として、それを充分へいやそれ以上に活用されての施術はすごい事と思います。

身体全体を診て頂くことによって、微妙な手技によって、身体が変化する。そして自然治癒力に働きかける、安心して診て戴ける治療と受ける度に確信します。半年の間に気づかなかった事、色々教えて戴きました。

同行した友人は不調の原因が食中毒にある、という指摘に驚くことばかりでした。

内科医であれ外科医であれ、不調が改善されることは、患者にとって嬉しいことです。

茂木先生、ありがとうございます。

28 神奈川県 A・Kさん

  初めて周気堂治療室を訪れたのは、もう二十年程前のことです。それからは年に数回ですがお世話になってまいりました。

その折々の不快な症状を持って伺うのですが先生に診て頂きますと不思議なくらい身体が軽くなるのです。先生は色々説明して下さるので、それは不思議なことではなく、きちんとした理論にもとづいていることなのですが勘が悪い私には即座には理解できないことも少なからずあるのですが、治療後には確実に気付かされるのです。

 だいぶ前のとこですが、私の母は寝たきりに近い状態で認知症もすすみ、何もしゃべらなくなっていました。主人に手伝ってもらい二、三回車で連れて行きました。車椅子で治療室に入り先生に診て頂くとトロンとしていた母の眼がしっかりと見開き、力が入って先生に問いかけにはっきりと応えて返事をするのでした。それはもうあきらかに表情が変わって眠っていた脳が活性化したのだと思いました。家が遠いこともあってその後はとても連れて行かれる状態でなくなってしまったのが残念でしたが、はっきりと印象に残っています。

 この文章の中で、私が間違って解釈していたり、失礼な部分等ありましたらご容赦お願いします。

拙い体験談ですが書かせて頂きました。

29 東京都 田村 正子さん

 私は平成九年十月末に登山しあと三分の一を残す下山途中に左足首を骨折し十一月のはじめ病院で、金具で骨をつなぐ手術をし一年間入れ、翌年十一月金具摘出手術をしました。平成十一年春ごろから体調不良になりタバコ、香水、防虫剤、接着剤、化粧品、殺虫剤、芳香剤、印刷物のインク、食品中の添加物、電磁波ありとあらゆる物に反応し鼻水、くしゃみ、頭痛、咳、等日毎に激しくなり喘息のように隣の部屋にいてもヒューヒューゼイゼイの大きな音が聞こえ起きていることも眠ることもできず近所の医院の紹介で大学病院を受診しアレルギーテスト二十数種受けましたが医師は「特別な病気のようでこの病院ではあなたを助ける治療法も薬もない。自分で探してください」ということでした。下の息子が「お母さんを助けられるのは、茂木先生しかいない」と云って平成十二年五月茂木先生の治療をうけにつれていってくれ一週間後再来院したときには少し楽になっていました。それからは三ヵ月一週間に一度治療を受け喘息の様な症状は治りそれからは十日に一回そして一か月に二回見ていただくようになりました。平成十三年四月右膝のおさらを割って茂木先生の所へ一週間に一度治療に通って三ヵ月で治り阿波踊りを踊ることができました。友人もリウマチでぞうきんも絞ることができなくなり茂木先生を紹介し「重くならなくてすんだの。今はたまに周気堂に行くようにしているの。助かったありがとう」と言われました。又、妹も乳癌の診断を受け手術も定められていましたが、私が茂木先生に診ていただいてからと云って周気堂につれて行って診断の結果乳癌ではなかった、あれから八年余なんでもなく元気です。私も先生が「だいぶ丈夫になったから一か月に一度でいいよ」と云って下さったのでなるべく守るようにしています。

私はこのところ十年余は健康診断、様々な癌検診、予防接種などいっさい受けていません。身の回りの物、食べ物には細心の注意をし太極拳、ちぎり絵、市・地域のボランティア等多忙の日々ですが助けていただいた命を大切にして元気で頑張っていきます。

茂木先生には心から感謝申し上げます。

30 神奈川県 A・Tさん

私は体にあちこち不調があり、更に惚けが年々加速して、今聞いた事さえ思い出せない仕末。外で支離滅裂なことをしゃべっているのではないかと、家族に懸念される様になりました。MRIで、認知症ではないと診断されましたが、本を読みたくて次々買うものの頭に入らず、何とか良くなりたいと種々ドリル等試しても悪くなる一方でした。

途方に暮れていたところ、娘がお世話になっている方から、先生を紹介して頂きました。

 わらをもつかむ思いで早速伺いました。二週間前のことです。

 先生は体の悪い所をすぐに指摘なさり、脳は血流ゼロとの事で、さもありなんと納得致しました。身体の調整と頭に打って頂いた二本の針で、頭に血液が流れたときのなんともいえない感動を忘れる事ができません。

今の私の状態では50%の血流との事ですが、目も頭も爽やかになり、生まれ変わった様な爽快感を味わうことができました。

 その後よそで食事をご馳走になって残せず胃とおなかがパンパンに苦しくなり、二回目の治療をしていただきました。今日伺うのは三回目です。

昨日外出先に飲みものを持参するのを忘れてポッカの、あたたかいゆずレモンというのを買って一気に八割くらい飲みました。買う際、ペットボトルを手に取ったとき、良くないかな?と思ったのですが、勘が当たっていたようです。

私はのどにつかえる様な異和感があり、飲み込みが窮屈に感じるのですが、一気飲みした後、時間の経過と共にのどの苦しみと食道、胃腸への通り道全部が焼け爛れる様な苦しみに襲われ、七転八倒の苦しみが暫く続きました。

どうなることかと恐れ戦きましたが、良いお水を飲み、祈る様な気持ちで先生の御本を体にあてているうちに吐きたくなり、胃腸内のものを出すことができました。助けて頂き有難く、お陰様で普通に朝食もとれまして感謝です。

 家族が心配して救急車を呼ぼうかと言ってくれましたが、断って良かったです。

天が入院して病院へ度々行きますので、菌に感染したのではないかと娘は申します。そういえば、一月にインフルエンザと思われる高熱も病院で感染したのかもと気づきました。

 薬が嫌いな私は、先生が頼りです。 

これからもよろしくお願いいたします。初回に教えて頂いた体を締めつけるものは捨てました。

ありがとうございました。

31 神奈川県 横山 奈加子さん

茂木先生には3年ほど前から診て頂いています。診療して頂くにあたり、診て頂いた日はお風呂には入らない、しばらくしたら痛みなど体調の変化があるかもしれないが、それは良くなる兆しなので、心配しないように、などの説明を受けました。

診察室の椅子に座り、両手を腰から少し離したところに置き、楽な姿勢で診て頂きます。

先生は1mほど離れたところから、身体の中の状態を観察してらっしゃるようでした。

そこで、最近食べた食べ物は何?などの質問を受けます。身体の不調は殆どが食べた物の仕業とおっしゃいます。

私の職業はヴァイオリンを弾く事なので、その事をお話しすると、耳を含む、全体のバランスを調整して下さいました。

その時は耳の聞こえのバランスが良くなったことと、少し腕が軽くなりしなやかに動くような感じがする程度だったのですが、帰って早速楽器を持ち弾いてみると、音が身体の骨を伝わって響いていく感覚を感じ取ることができ、ふわふわした柔らかめの音からしっかりとした芯のある、ブリリアントな響きに変わっていました。

これには本当に驚きました。

ヴァイオリンは常に身体を捻って構えるため、特に首や腕など不調の絶えない楽器なのですが、楽に輝かしい音色を出せるのは理想的です。また、身体の動きは少ない方が筋肉がしっかりする、リサイタル前などは食べ物に気をつけるように、などのアドバイスも頂きました。これからも先生にはお元気で私たちの健康のためにご活躍頂きたいと願っています。

32 神奈川県 T・Nさん

私の娘は、平成191225日に初めて子供を出産しました。私にとって初孫です。出産予定日は1215日でした。1223日朝9時頃から陣痛が始まり、痛い痛いで48時間、出産したのは1225日の朝10時半頃でした。難産で胎盤剥離していたそうです。やっと生まれて先生も「大丈夫ですよ」と、言ってくださいました。安心していましたところ翌日の午後3時頃娘から、「赤ちゃんが救急車で運ばれた!」と連絡が入りました。その結果、「低酸素脳症で脳の4分の3が死んでしまっていて、石炭化してしまう」とのことでした。私達は何で?と驚きました。この子は歩けない、目も見えない、おしゃべりもできない。痙攣を起こすたびに体も萎縮して、これから成長するにつれ大変です。皆の協力がないと育てられません。「おじいちゃんとおばあちゃんも、そのおつもりで」と言われました。私達は悲しみと苦しみのどん底に突き落とされました。医学でダメなら何かないかと、思い出したのが、主人の姉から聞いていた周気堂治療室でした。平成202月に、初めて訪ねてみました。茂木先生は、「そこまで悪くならないと思う。この子がこんなに可愛いんだからいいんだよ。きゅうりだって、真っすぐだけじゃない。色々な形のきゅうりがあるでしょ、人もそうですよ。この子は良い子になりますよ、かわいいね、いい顔になってきたね。」と、孫の良い事ばかり言ってくださいます。私が、「孫は歩けるようになりますか?」と尋ねると、「そんなこと思うという事は、そうなってもらいたいという事です。そんな事思っちゃいけない!」と、私達の心の持ち方も教えてくださいます。そのおかげで私も心の病にかからずにこれたと思います。周気堂治療室に通って9年になりますが、歩けないと言われていた孫は、1歳8カ月で歩けるようになり、見えないと言われていた目も見えています。MRI画像では【見えていないはず】らしいです。言葉も大分わかるようになりました。

 主人も3年前に事故で左肘を骨折しました。骨がつかなく、ギブスをしていました。茂木先生は主人に、旦那さん座ってと診察台に案内してくださり、「ギブスをしていたら治らないよ」と言って治療してくださり、2・3カ月後に痛みがとれました。あと、腰で何カ月も苦しんでいた時、風邪の菌が入っていると治療してくださり、その日の夜、鼻水がダーっと出て、次の日から腰痛がなくなりました。不思議な力でいつも助けられています。茂木先生はじめ、スタッフの皆様、いつもありがとうございます。感謝しています。そして紹介してくれた姉にも感謝しています。今の孫が、ここに居るのは茂木先生のおかげです。

 

33 神奈川県 K・Hさん

 私は、普段はとても健康で、周気堂で治療をして戴いたのは、2回ですが2回とも他では治らないと思い、みて頂きました。
 3年前から1年間腰痛で、整形外科での診断は「腰部脊柱管狭窄」で湿布が出ましたが痛みは続きました。午前中は良いのですが夕方になると、ギクッとくるのではと怖くてゆっくりとしか歩けない状態でした。友人の紹介で茂木先生に鍼を打って頂いた所1回目で、体がフラフラする感じでしたが腰はかなり楽になりました。先生に「もう1回は来てね」と言われ1週間後に又治療して頂きました。驚いたことに、それから2年近くたちますが腰痛で悩む事はなくなりました。風邪だと思っていたので、内科に行き薬も服用しましたがさっぱり声が出ず耳鼻咽喉科に切り替え受信薬も。追加が出て服用続けました不思議。だったのは、喉に痛みもなく、発熱も黄痰もなかったことで、風邪の症状は咳と声枯れだけでした。初めから周気堂のことが頭をよぎっていたのですが、風邪で他の患者様に感染すると申し訳ないと遠慮していました。が1週間全く改善されないので思いきって先生に診て頂いた所「食中毒ですね」小腸の毒が脊柱を通って咽喉にきているよ」と言われました。
食中毒??お恥ずかしい話ですが思いあたりました。その2週間前からから1週間程、キウィジュースをかなり飲んでいたのでした。飲むとお通じが驚くほど良くお腹まわりがスッキリし喜んでいたのでした。鍼を打って頂いた翌日には、声がかすれながらですが出るようになり2日後はすっかり元に戻りました。本当に先生の正確な診断、治療には驚き感謝の気持ちでいっぱいでさっそく体験談のペンをとらせて頂きました。
 茂木先生、スタッフの皆様のいつも気持ちの良い診察、対応本当にありがとうございます。
 余談ですが、不妊治療をしていた娘が1回ですが鍼治療を受けそれから半年後に無事妊娠しました。子宮内膜症がひどかったようです。娘はまだ若く「鍼」というだけで恐がっていましたが、私は心ひそかに先生のお陰と感謝しております。ありがとうございました

34 神奈川県 N・Mさん

 

 周気堂治療室で、初めて治療を受けたのは四十歳を目前に控えた、三十数年も前の事です。昔話のようですが、医療機関を受診した場合、身体を部分的に分けて、診断、治療するという対応は、三十数年経過した現在でも、あまり変化がないように思えます。そのような治療では、病気は治っても健康になることは望めないと、身をもって感じていました。そんな折、周気堂治療室を受診する幸運に恵まれ、健康状態は劇的に好転しました。初診を受ける前までの経過と、その後を受療体験の一例として綴ってみました。

 何れの医療機関でも改善されない、一年中、風邪を引いているような熱っぽさ、倦怠感等、体調不良が続く日々の中で更に、耳が塞がれるような症状と目まいが始まり、地元では評判の良い耳鼻科の医院を受診しました。

機械を使用した検査の、データの結果、「耳管が狭窄しているので厳密には違いますが、健康保険請求の都合上、メニエール病としておきます。」と、安易に病名をつけられました。いわれた通り毎日通院し、耳から鼻へ管で風を送る治療を続けると、序々に症状は軽減され往復一時間程の距離を歩いて通えるようになった、相乗効果もあり、健康状態は改善されてきました。けれどしばらく通院しないと、また元に戻ってしまいます。結局は「対症療法」でしかありません。そのうちに、患者が、それぞれ同じような質問をしているのに気がつきました。

「いつまで通えばいいですか」それに対して医師の答えは、誰にも同じで「ずっと通ってください」つまり、治らないということです。一生耳鼻科に通う人生になると、いわれたようなものです。治らない患者と、新患で患者は増える一方です。不本意であっても取り敢えず、通院を続けていると上腕に痛みともしびれともつかない症状が表れました。お話しすると、「腕の痛みは整形外科に行くのですよ」そんなことも分からないのかと、本当にびっくりされた様子で嘲笑されました。耳鼻科で、腕の痛みを訴える非常識の患者というわけです。この医院で治療を続ける訳にはいかないと思っても、次の展望がなく途方に暮れていると幸運にも人づてに、周気堂治療室の話を聞き、さっそく受診しました。診断は機械を使うような事はなく、耳管の狭窄は頭蓋骨が耳管を押し潰しているのが原因とすぐに判り、頭蓋骨を正常の位置に戻せば狭窄は治ると説明され目から鱗という感じでした。「今、治った状態にしてみます」と先生がいわれると、閉ざされた部屋に閉じ込められていたのだが、突然四方の窓が全開され、爽やかな風が吹き抜け、レースのカーテンが揺れている情景が自然に浮かんできたのを、今でもはっきり覚えています。更に、何よりも驚愕したのは、「お父さんのことで三年前、何かありませんでしたか」と聞かれたことです。結婚後も、両親と同居の生活でしたが、ご指摘の通り父は三年前膵臓癌で他界し、その後母の精神状態も不安定になり感情の起伏も激しく、何かとストレスの多い生活を送っていました。驚いていると、「あなたの身体がいっているのですよ」との事で、またびっくりしました。頭蓋骨が耳管を押し潰している、真の原因は父が他界したことに関係していたようです。そして、整形外科に行くように言われた上腕のしびれがどうしても耳の異常と関連しているとしか思えず、お聞きすると「よく、気がつきましたね」といわれ、自分の感覚がひとりよがりでなかったことに安堵しました。

 自分の身体はそんなに弱いはずはないと鼓舞しても、不調から抜け出せず。端々しい感性で生き生き生活できる、健康な身体になりたい。当時の切実な願いでした。

長い間、信頼できる治療を求めて彷徨っていた心が落ち着き、治る治療を受けられるようになったのが、何よりも嬉しいことでした。往路には、思いつめてきた道を、元気になれると確信し、帰路には不思議な幸福感に包まれました。初診時の僅かな時間の身体の変化です。他の医療機関では考えられないことです。そして、耳と上腕の異常が治ったのはもちろんの事、健康状態は一変し、生活も一変しました。四十代に入ると、独身時代に勤務していは職場に十五年振りに、パートタイマーで復帰することができ、里山歩き等自然の中で過ごせる時間も増えました。丁度五十歳になると、母の介護が必要になり、退職して十年間自宅介護に専念し、本人の希望通り、自宅で看取ることができました。共倒れにならずに済んだのも、治療に通えていたお蔭です。そして、七十歳を超えた現在、友人たちの話では病院に行くと、決まり文句で「お年ですから」と言われるそうです。皆、一様に同じことを言われるので、年々、心身共に衰えるのは当たり前のことと安心してしまっているようです。そんななかで、「私は去年より元気になっています」と1人違うことを言って、仲間からひんしゅくを買っています。願わくば、来年も再来年も同じ台詞をいいたいものだと思っています。

 改めて振り返ってみますと、他の医療機関をもって、変える事のできない、唯一無二の周気堂治療室で受療の機会に恵まれた幸運は計り知れません。

 これから過ごす七十代、迎える八十代、老化の不安を考えるのではなく、健康に過ごせる日常に感謝を忘れず未知の世界を楽しみにしながら日々生活したいと思います。

35 岐阜県 奥村 貞代さん

 

私は75歳です。3年前から先生の治療を受けています。

月に1回、症状によっては2回。10年前くらいに体操で膝を強打してからは膝を床につくことが出来なくなってしまいました。私からは何も先生にお伝えしていないのに、膝が割れているよと言われて治療されました。恐る恐る膝を床に着いてみましたが痛みは消えていました。私には先生が神様に思えました。左足首が痛くて転んだりしていた時も一度の治療で治ってしまいました。肩こりもすぐに楽になり、耳の聞こえが悪かったのもすぐに良くなりました。驚く事ばかりです。本当に感謝の日々でございます。先生の本に記述してあることを守るのが大切なことだと合点できました。私の場合特に砂糖、化学調味料、それまで病院から処方される多種類の薬等々を全部破棄しました。胃がスッキリした今の状態生き返ったようです。

36 栃木県 上野 栄美子さん

 

 まず茂木先生が、私より若いという事に感謝です。我が家では親子、孫三代にわたり先生のお世話になっています。初診は昭和六十年六月です。最初はテニスの後の体の不調からお世話になりました。その後旅先で事故にあい、足を引きずって受診したのですが帰りには普通に歩いて帰れたのでびっくりしました。その後も時々治療を受けて、快調にしてました。七十歳になり、ある日歯医者さんでクリーニングを受けた後、あまりに丁寧にして戴いたあまし、歯茎から菌が入り、右眼にカーテンが下がるように黒い幕が出てしまいました。両腕で色々と検査を受けましたが、わからなくてまた茂木先生の所へ駆け込みました。すぐに、歯茎からの菌を見つけていただきました。血液が下がると治りますと言われました。その通りでした。また、車を運転していますと、太陽の光がまぶしくて先生にお話ししますととても楽になったことも多々でした。

 最近では、胆石の手術と、なんとなく不調で伺いました。帰りには頭もすっきり、また食べたらすぐにトイレに駆け込みましたが、帰りのレストランで食事をして前と同じ安定しているのでびっくりでした。

また私は友人を何人もお連れしています。みんなとても微妙な回復にびっくりでした。指のまるくなった友人など数回受診の後、背骨がまっすぐになってきたのにはびっくりしました。また六年も同行している友人は不治の病でしたが、ゆっくり回復してしっかり歩けるようになり食事もふつうにとれるようにおしゃれを楽しむまでになりました。先生にはまだまだ色々とお話しすることがありますが・・・。

とにかく先生には元気にいてほしいと願うばかりです。

37 神奈川県 竹内 知穂さん

 

20177月からお世話になっております。(始めのうちは週に23度、現在は2週間に1度のペースで通っております。)15年ほど前からあった卵巣嚢腫が7センチを超え、病院ですぐにでも手術を受けてくださいという診断を受けたこと、また3月くらいから関節や筋肉が弛緩し始め、その為か全身に痺れが広がり、ひどい時は頭の中まで冷たく何も感覚がないというような時もあって、非常に恐怖を感じていたところ知り合いの方が茂木先生のことを教えて下さいました。

手術をする選択もありましたが、患部を切り取っても根本的な解決にはならないと分かっていましたし、何より卵巣嚢腫がなぜできるのか、現代の医学では解明されておらず、「それでは治療はできないのでは?」という単純な疑問が頭に浮かび、病院へは行きたくありませんでした。また痺れに関しても脳や頚椎のMRIや神経の検査をしたものの異常無しと言われ、ホットすると同時に「ではこの違和感は何なのだろう・・・」と、西洋医学では分かる範囲のものではないと感じていました。

初回、先生へ症状のお話をさせて頂くと私の症状は全て治るから大丈夫と言って下さってとても安心したのを覚えています。その後診断をして頂き、気による鍼を受けた瞬間、脳から卵巣にかけて血液がさーっと巡っていくのを感じ、大変驚いたと共に卵巣が温かくて気持ちが良く「きっと良くなっていく」と感じました。2回目に伺うと卵巣嚢腫も痺れも15年前に受けた採血による肺炎菌が原因とのことでした。確かにその頃から原因不明の咳に悩まされ始め、呼吸が苦しく精神的にも不安定になりパニック障害と診断されました。痺れが出始めたのもその頃からです。その後数回通う内に突然襲われる不安や恐怖感が無くなっていることに気がつきました。これは15年間ずっとあった感覚で、一生治ることがないだろうと諦めていました。段々と気持ちが晴れやかになり、その内に下腹部の違和感も無くなってゆきました。

痺れも以前のような感覚が全くないという状態にはならず、筋肉や関節も段々としっかりしてきているのが実感できます。

毎回先生の透視による正確な診断、そして治療をして頂いていますが、その中で何回か食べた物による食中毒という診断を受けたことがあります。「気の治療学」を拝見しておりましたので普段の生活、特に食生活を改めてみようと楽しく実践させて頂いております。その内に自然とお肉や乳製品、糖類などは積極的に食べたくなくなり、「本当にお腹がすく」という感覚が分かってきました。

持って生まれた弱い体質はもうどうすることもできないと諦めていましたが今はそのような観念も無くなり、症状が出ても不安に思うことはありません。実際以前より何倍も元気になってきており、少しずつではありますが自分の身体を信頼することが出来始め本当に有難く感謝の気持ちでおります。

婦人科系の病気は西洋医学では完治はなかなかか難しく、ホルモン剤などの投与により精神疾患に罹っている友人も少なくありません。

自身の体験がそんな方々にとって少しでもお役に立てばと思い恥ずかしながら感想などを書かせて頂きました。

38 神奈川県 高橋 和子さん

 

私今から22年前ひどう胸の痛み(心臓)におそわれて血圧も上がり近くの病院へ行きました。先生からくすりを飲んで休んでくださいと言われましたがぜんぜんよくならず苦しみました。その時友人から電話があり苦しんでいることを話しましたら、自分がよく行っている周気堂のことを教えていただき、すぐに行きなさいといわれ、私もすぐ周気堂に行きました。

ひどい胸の痛みや不整脈も何回か通っていましたらおどろくように日に日に良くなり胸の痛みも不整脈もうそのようによくなりました。

友達とも旅行にも行けるようになりました。毎日元気で過ごしております。

本当に周気堂の先生に感謝です。命の恩人といっても過言ではありません。

その後も風邪とか身体の調子が悪いときはすぐ周気堂に行きます。すぐ周気堂に行きます。すぐ良くなるのが、驚きです。

今、右手指が痛くて熱もありペンもよくつかめません。困っています。

周気堂まで行くのに電車で三回の、乗り換えがあります。また、階段に一番苦しみます。

私は膝関節症ですのでもつと周気堂に行けないと今ゆっくり歩くこと、毎日やっています。それでも先生によくしていただいていますので少しずつ良くなっています。

自分の足でどこへでも歩いていける。動き回れること本当に幸せです。

本当にありがとうございました。

39 匿名希望

 

今から2、3年前にある団体の抶蓉コーラスに、所属していました。声の使いすぎで、声が出なくなったのです。耳鼻科に通っていましたが、いっこうに良くならず、手術しないと良くならないといわれていました。私は知人から周気堂のことを知り治療に通っていました。その時に買い求めた本を娘に見せました。私も行ってみたいと言ってきたのです。それから間もなく2~3日おき位に治療に通う様になったのです。今まで、頭が重く頭から抜けなかった声が、出るようになったのです。コーラスを続けながら4、5ヶ月かかったでしょうか。長年悩んでいた重たかった頭が軽くなったと言っていました。今では、コーラスも辞めずに続けていられるのも、茂木先生のおかげと感謝しています。

又、孫のことで大変お世話になりました。風邪でしょっちゅう耳鼻科に通っていました。薬の投薬だけで、いっこうに良くならず風邪でない時でもウミの様な鼻汁がしょっちゅうでした。大学病院に行って検査を受けてみたいといってきました。姉の事を話してやりました。私は費用は直るまで負担するから、すぐに行きなさいと勧めました。週1で2~3ヶ月過ぎたあたりから、鼻汁が出なくなったのです。それから、プールにも行けるようになり、なんの心配もなく過ごせることが本当にありがたいです。

家族一同、大変お世話になっています。

40 神奈川県 武内 道子さん

周気堂治療室へ初めて伺ったのはいつだったか、少し長い間前触れをお許し願いたい。

私は娘時代「病気の問屋」というレッテルを貼られ、生後2年から娘時代ありとあらゆる病気をした。死に損ねた経験は2回、失明の危機に立たされたのが1回、結婚はできないと思ったほうがいいと両親は告げられていた。手に職をもたせるか、財産を残してやらねばならないと両親は覚悟したという。私がそれを知ったのは結婚してからで、しかも他人からであったのが幸いだった。そしてもっと辛いことに結婚して6年後、33歳で一子を授かったのである。

 結婚して丈夫になったというか、体が活性化したとでも言ったらいいか。私は風邪もひかなくなった。妻として、母として、教師としてフルの毎日、少し有頂天になっていたのかもしれない。神がお前の原点を見せてやろうとでも思召したのか、50の声を聞く2年前に大量の喀血をした。その前数か月咳が止まらず、やがて血痰

になり、ドッと、それも検査を受けに行った医者の前である。即入院、精密検査のハイライトが気管支鏡であった。お分かりのように気管支は少しの異物が入っただけでむせぶ。寒い手術室の担架の上で、左右横向け、俯せ、咳を止めろという絶え間ない指示の下、麻酔といえば数分おきにのどにキリをかけるだけで、4時間余りもカメラをいれていた。始まる前は30分で終わりますと言われたのに、である。

 おそらくすぐにでも悪性腫瘍が見つかるだろうと医師たちは確信していたに違いない。ところが枝分かれしている気管支を奥へ奥へとカメラを入れても何も見つからなかった。ついた病名が「右肺中葉症候群」。カメラに映らない深部に「何か」ある、要するに、原因は「わからない」とは言えないので、苦肉の病名をつけたのであろう。すでに入院と血痰は収まり、咳もほとんど出なくなっていたので、2週間の休養を得てありがたく退院した。

 授業が始まり、ひと月もするとまた痰が出始めた。起きて1,2時間でおさまるときもあれば、昼まで、調子の悪い時は夕方まで続くこともあった。しゃべるのが商売なので苦しいと思うこともしばしばだった。今度血痰が出れば、もう胸を切開するしかないと「脅されたいた」ので、何か治療法を思っていた時、知人にこの治療室を紹介されたのである。

 「病気を治すのは医者でもない、薬でもない、あなた自身です」というまずこの先生のことばは、スーッと受け入れられた。病気の都度、小児科、内科、呼吸器科、眼科、耳鼻科と渡り歩いてきた私には、一人の親分の下、子分たちが体のあちこちに様々な症状をもって現れるのだ、といった思いが何となく植えつけられていた。(内科と眼科で治療のための薬がおなじ名前だったということをみても。)対症療法的にもぐらたたきのようにその都度子分をたたいても、親分をやっつけなければ健康体は得られないと悟っていた。痛みや痙攣を止めるためにの注射や頓服薬による薬害もしっかり経験していた。「治療はあなたの今の治癒力を高めるもの」であって、即痛みが取れる、動けるようになるといった即効的なものではないという治療室の説明は納得できるものであった。

 私にとって「奇跡」と思われる受療のことを話したい。ロンドン大学での1年の在外研究を終えて帰国して半年たったころ(97年の暮れ)。右足の甲から親指にかけてものすごく痛み、腫れもあり、歩くどころか靴も履けなくなった。打った覚えも転んだ覚えもなく、突然のことである。先生に「どこか頭の左部分を打った覚えはないか」と尋ねられた。頭を打ったといえば、ロンドンへ着いて3か月、乗ったタクシーが動き始めたとたんすぐブレーキをかけた。直前を老婆が横切ったのである。ロンドンの黒塗りタクシーは運転手席と客席の間に厚い防弾ガラスがあるが、これに私はイヤというほど「前頭葉」を打ち付けたのである。救急病院に運ばれて、その時の講演会を半故にするほど夕方までかかって検査をされたのはもちろんである。異常は見つからなかったし、数日はかったるかっただけでその後は忘れてしまっていた。先生にこの話をすると、それが原因とおっしゃった。でももう1年以上も前のことですよとつい大きな声でいったら、1年前なんて短いほうで、20年も経って症状が出てくることも稀ではない、歳をとって出てきた症状が子どもの時の事故に起因することはよくあるのだと説明された。「左脳」がやられたのですねと言われた。言語障害は「右脳」、運動障害は「左脳」ということを想い出した。整形外科に行ったら、レントゲンを撮って貼薬をくれただけで様子を見ましょうでおわり。原因もどうなっているのかわからないから、治療法も見当がつかないといういわば「放棄」である。そうだろう、身体のてっぺんと足の甲がもろに関連していることは普通では考えられない。

 ごく近いところでは、2年前に背骨を2本圧迫骨折した。この時も整形外科でレントゲンを撮ったあと、コルセットをするよう指示され、痛み止め薬を注射され、飲み薬を調合された。注射は止めることができないが、内服薬はもらっても私は服薬しない。「痛いのは生きてる証拠」と思う覚悟(!?)ができているし、痛みをやわらげたら動いてしまうから直りが遅くなるとも信じている。しかし、病院で装具したコルセットを先生がすぐ外せとおっしゃったのには驚いた。その代わり先生のところのコルセットをつけたところ、かなりすぐに手足が暖かくなってきたのにはもっと驚いた。ゴム製のものを直接装着することは体を冷やすのだと悟った。

 近代医学では全体は部分の集合という考えに根ざしている。もちろんこう考えることによって医学が進歩したことは歪めない事実ではある。しかし心身の健康というのは、体を「丸ごと」捉えることによって得られるのである。これが人のもつ自然治癒力であり、外敵に対して戦ってくれる武器である。自然治癒力がオーバーキャパシティに至ったとき、体は不調を訴える。私は発熱と下痢は歓迎すべきものと思っている。もちろん頻繁に起こっては困るが、限界を超えましたというSOS、動きすぎ、食べ過ぎ飲みすぎを悟らせ、休めという神の声であると心得る。横になり、消化のいいものを食べ、そして周気堂室のドアを開ける。鈍った治癒力を今の自分に精一杯までもっていってもらう。

 治癒力を備えた身体のセンサー機能は飲み薬、貼薬、注射などによって鈍らされてしまうことを私たちは悟らなければならない。体の不調にどこかが悪いに違いないと思わないか。何もしてくれない医者を「頼りない医者」と思う風潮がありはしないか。身体は一家、もぐらたたきをしていては丸ごとの健康は得られない。自己に備わった治癒力を信じること、私の身体はいいセンサーだと思うこと、このことが私を周気堂治療室に永年通わせる(非常に規則的にというのではないが)。文字通り「信じる者は救われる」楽天家である。